山田理事長のコラム「「薬」と「食」の相互理解による健康科学の実践」が、一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会のサイトに掲載されました。

一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会

 

「薬」と「食」の相互理解による健康科学の実践

山田静雄(静岡県立大学 特任教授、大学院薬学研究院・薬食研究推進センター長)

 

統合医療と薬食同源

近年の医学・医療の目覚ましい進歩や生活(衛生)環境の整備により、多くの病気の治療が可能になった一方で、疾病構造も急性疾患から生活習慣病中心の慢性疾患へシフトするとともに、心の病が増え医療費は増加の一途を辿っている。更に人口の年齢構成変化と健康意識変化と相俟って、生活の質(QOL)を重視した医療が求められている。こうした現況において、最新の研究により一部の伝統医療や補完代替医療の科学性と有効性が実証されつつあることから、これらを現代西洋医学と組み合わせた「統合医療」の実践により、費用対効果が高くQOLを重視した医療の実現が期待されている。

 

65歳以上の高齢者が国民の4人に1人を占める我が国において、医療費を含む社会保障費の高騰に伴い、セルフメディケーションが普及し、健康増進や疾病の予防・治療を目的として健康食品・サプリメント・漢方薬などを用いた補完代替医療や統合医療への関心が高まっている。欧米では、補完代替医療としてハーブ類などの植物製剤を医療の現場に積極的に活用するようになり、医療における「先祖返り」的傾向が見られる。西洋医学の祖、ヒポクラテスは「汝の食事を薬とし、汝の薬は食事とせよ」(” Let food be thy medicine, and medicine be thy food”)という格言を残しているが、実際には「薬」と「栄養・食品」に関する学問分野は独立して発展してきた。しかし、今や両分野の和合による病気の予防や治療、健康回復・増進に資する、薬学と栄養学・食品機能学の相互理解に関する研究の必要性が高まってきている。現在使用されている薬の60~70%は、食用植物、果実、野菜、ハーブ類、微生物や発酵物などに由来する。”Best sold and registered drug”として100年の歴史を誇るアスピリンの発見は紀元前にヤナギの枝や樹皮エキスを飲物としたことに始まり(「食」から「薬」)、世界的な健康飲料の緑茶は、炎症や創傷などの治療の伝統的な医薬であった。(「薬」から「食」)

 

静岡県立大学大学院 薬食研究推進センター

筆者が所属する静岡県立大学では、平成14年度から採択された文部科学省の21世紀Center of Excellence (COE)(14-18年度)およびグローバルCOE(「健康長寿科学教育研究の戦略的新展開」:19-23年度)の両プログラムにより、医薬品や機能性食品・素材に関する多くの基礎研究成果を挙げてきた。また、平成24年度には大学院を改編し、薬学と食品栄養科学の学際的領域における人材育成を担う「薬食生命科学総合学府」を設置し、薬食生命科学専攻(博士3年)を新設した。また、平成25年11月には大学院薬学研究院の附属施設として「薬食研究推進センター」を開設し、薬食研究を積極的に進めている。同センターは、健康科学の発展および健康長寿社会の実現に寄与することを目的とし、学術的な基礎研究に加え、地域の医療施設と連携している。患者目線で医薬品のより良い使い方や、新たな機能性食品の開発に繋げるための橋渡し研究を実施しており、医薬品と機能性食品・素材に関する基礎と臨床に関する双方向的な学術研究を行うセンターとしては国内では初めてのケースである。今後、「薬」と「食」に関する基礎科学および臨床医学に立脚した客観的な評価が期待されている。

 

薬食国際カンファレンスの開催

静岡県立大学では、「薬」と「食」の研究の更なる発展を目的として、2012年11月静岡市にて、第1回薬食国際カンファレンス(The 1st International Conference on Pharma and Food: ICPF2012)を開催した。海外招聘者を含む28名の外国人(12ヶ国)のほか、国内の研究者や大学院生なども参加し、1)食品、果実や植物由来の生理活性物質の健康増進作用、疾病の予防や治療効果およびそれらの発現機構、2)薬物と食品・栄養成分の相互作用、3)食品の機能性の新規評価系やバイオマーカー、4)薬食の規制科学などに関する最新の研究成果が発表された。パネルディスカッションでは、基礎研究から健康科学の実践、薬食研究の展望や国際的な協調などについて包括的な討議が行われた。

本カンファレンスは、平成26年11月の第2回に続き、本年11月には第3回目が開催された。国内で初めての「薬」と「食」に関する国際会議ということで、薬食研究の指向性や斬新な発想も提示され、また大学院生などの若手研究者にとっては国内外の著名な研究者との交流により研究意欲を高める好機となっている。本カンファレンスを契機に、「薬」と「食」における科学的融合という新しい健康科学(Integrated health science)が大きく発展していくことを、世界に情報発信できると考えている。

薬学、医学、食品栄養科学(農学)領域の学際的連携により、統合医療における医薬品と食品を融合した新領域研究によるライフサイエンスのイノベーションの実現が期待される。